滋賀県甲賀市は「くすりのまち」として知られ、その歴史は古代にまでさかのぼります。平安時代、延喜式にも記録が残る「大津の薬狩り」はその象徴的な出来事です。これは朝廷の役人が近江の山野に入り、薬草を採取して宮廷や薬司に納めた行事で、甲賀を含む周辺地域が早くから薬草の宝庫として認識されていたことを物語っています。豊かな自然と山々に囲まれた甲賀は、薬草文化の基盤を築く重要な土地であったのです。
中世に入ると、この地域は忍者の里としても知られるようになり、彼らが薬草を傷の手当や体力維持に活用していたと伝えられています。ただし、甲賀の薬の歴史は忍びに限らず、地域の人々の生活に根差したものでした。薬草の知識は代々受け継がれ、やがて薬の調合や販売へと発展していきます。
江戸時代には「甲賀売薬」と呼ばれる行商が全国へ広がり、甲賀の薬は庶民の暮らしに深く浸透しました。「先用後利(まず薬を渡し、効いたら代金を受け取る)」という独特の販売方法は信頼を生み、甲賀の薬は各地で高い評価を得ました。
甲賀の薬草文化は、自然の恵みと人々の知恵に支えられ、甲賀を「くすりのまち」として今日まで育んできたのです。